色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/ 村上春樹

村上春樹の新刊が出る、詳細不明、みたいなニュースをしばらく前にみて、気がついた時には発売日。1Q84のBOOK4が出るって噂は何だったんだろうなんて思いつつ、深夜のニュースで0時越えてから発売イベントやってるのとかみてなんかちょっとあれってどうなのよ、と若干引いたりもしたんだけど、次の日には結構あっさりと購入。なんだか最近本当にあまり本を読まなくなったんだけど、新刊のハードカバー買ったのは1Q84以来。まあ、そんなもんかなぁ。

2日半くらいでざっと読み終えて、何というか、これは結構好きだなあと改めて。いろいろポイントはあるんだけど、村上春樹作品によくある「異世界と少しゆがんだ現実世界」みたいな構図ではなくて、何と読んでいいのかわからないので仮に「ファンタジー」と読んでみるけど、あの非現実的な世界がないのが良かったなあ、と。嫌いではないんだけど、最近特にそういうのが多過ぎたので、何だかよくわからない心の中の何か、みたいな書かれ方では無くてそれが良かったなあと。記号士とか、やみくろとか、綿谷昇とか、リトルピープルとか、羊憑きとか。かっこう。

その辺を否定すると村上春樹の大半にケチをつける感じになるし、決して嫌いなのではなくて食傷気味だったとでもいうのかな。日常の裏側に潜んでる、闇の世界に引きずりこまれる感じとでもいうのかな。それを自分で「ファンタジー」だと認識してたけど、気がつくとちょうどいい呼び方があったことに思い当たる。そう、「羊男的世界」だ。やれやれ。



とはいえ定番の展開はやっぱりあって、あれは一体なんだろうと思うけど、夢精したり硬く勃起したり、友達はいないけどコンスタントに恋人がいたり、学生闘争に嫌気がさしたり地元は居心地が悪かったり、プールで泳いだり夢の中で交わったり、その辺は完全に定番なんだよなあ。落語のご、でお題を与えられてもうそれで小説書き続けなきゃいけなくなった、みたいなそんな感じ。まあ、嫌いではないけれど。

シンプルに人と人とのやり取りや人間関係みたいなものが描かれていて、そのキャラクターの感じは伊坂幸太郎っぽいなと思ったりもしたのだけど、読み進めて行くと全然そんな感じでもないなと思ったり。高校生の時の仲良しグループは物語の軸ではあるけどそこまではっきり魅力的というのでもなく、僕が惹かれたのはつくるのこいびとである沙羅という女性で、ノルウェイの森のハツミさんとか、キキ、弓吉さんのような、何かが少しずれた羊男的世界の中でも軸がはっきりしてて現実と繋がっているタイプの女性で(キキは逆に羊男的世界そのものでもあり、羊男からは疎まれる存在なんだけど)、久しぶりにぱっと惹かれるキャラクターだなあと思ったのです。主人公の男性はどれもパッとしないブルックスブラザーズ的なオールドスタイルでヘビーデューティで、村上春樹的なんだけど、女性キャラは結構様様だからなあと。


過去や、記憶や、歴史みたいなものと、個人としてどう対峙するかみたいなことが描かれてて、個人的に幾つか思うところもあり。

「僕の英語力で事情を説明するにも難しすぎる話かもしれません」
オルガは笑った「どんな言語で説明するのもむずかしすぎるというものごとが、私たちの人生にはあります」

のところが好きだったな。フィンランドのシーンが全体的に好きだった。多分これから何度か読み返す本になるんだろうな。1Q84はそんなに何度も読まない気がする。世界の終わりとダンスダンスダンスはもう10回以上読んでる気がする。「もう最近の春樹ってそんなにねー」という人にこそ読んで欲しい一冊でした。おすすめ。