書くとか書かんとかどうでもいいことをごちゃごちゃと。

前に一度ブツブツ書いてたら、いつもみてるブログにこんな事が書いてあった。ちゃんと言葉にするって大事だな。

幼稚園とか、幼稚園関連の出来事、僕はと言うと基本的には奥様から話しを聞くだけなことが多いけど、メモっておくべき成長が山のようにある。その辺の「覚えておきたいこと」を、今まではこのブログなりtwitterなりにメモってきたのだけど、たとえば幼稚園のことをあんまり克明に書こうとすると、やっぱりお友達や先生のお名前を書かないと、後から読み返したときに何のことかわからない日記になってしまうし、行事のスケジュールからプライバシーに関わるようないろんなことが特定できてしまう、という懸念もかなり出てきた。

息子についてはまだそうでもないけど、娘の事は確かに書ける事が減ってきた。例えば幼稚園の行事やなんかやで細かく特定されちゃうのはよくないだろうし、それを言うとTwitterや位置情報系のものでも、あまりはっきりしたものは使わないほうがいいのかなあとかあれやこれやと改めて考え直す。

結局、娘が家族というレイヤーの他に、幼稚園や病院内、地域というような新しいレイヤーで生活するようになってきたからで、それは社会への参加というのか、アンガージュマンだとかクラスタとかいろんなあれがあるんだと思うけど、とにかく僕が僕の一存で娘のそうした情報を出しちゃう訳には行かないなあと思うのですよ。

以前嫌な目にあった事もあるというのに、何となくソーシャルメディアの発展にぼやっとしてて、ユーザとしてと開発者としてと、それが大きいのは確かなんだけど、父親としてはやっぱりもっと違った事を考えたりしなきゃなあと思うのも事実で。家族の記録は大人しくEvernoteに放り込んでおくくらいがいいのかもなあと思ったり。もちろん子供だけじゃなくて、遊びに行った友達の写真も勝手に上げるのは当然良くないよなあなんて。そりゃそうだな。となると必然的に30daysみたいなサービスが必要になってくるものね。

ログとして残すものは、ログとして役に立たないと意味がなくて、何が役に立つかは明確ではなくても、具体的で後から参照できるほうがいいに決まってる。うむ。
Twitterのフォロワーは900人くらいで、久しぶりに会った人や始めて合う人にもお互いの近況が共有できてるからなんだか色々わかった状態で、さてそれがいい事なのかどうなのかみたいな事は正直よくわからないんだよなあ。Facebookを仕事で使ったりページを作ったりするようになると、仕事先の人とつながったりするようになってきて、そうするともうどうしたらいいのか実際よくわからんなあと思うのですよ。家族の写真を気軽に上げて、友達と共有したり、見せたい人に見てほしいというだけの事なのに、なんだかどんどんややこしくなってくるなあ。メールが1番賢いんだろうか。もうよくわからんですよ。
アカウントわけたりするのも面倒だ。どうしたものやら。