ネグレクトとかについてのとりあえずの考え

一応書いておこうと思うけど、ちゃんといろんな事情を考慮した訳でもなく、とりあえず思ったことを記しておこう、という程度です。下書きのままどんどん時間が流れて行くのでとりあえず一旦公開しようと思います。

比較的生活圏とも言える場所でおこった今回の事件ですが、まあ親がまず悪いと言うのはさておき、立場とか子供有無とか生活環境とか、そういうことで言うことは全然かわってくるのだと思います。母親を責めることも、児童相談所を責めることもできる。それが正しいのかどうかなんてだれもわからないのだけど。

対策や防止策としてどういうことをすべきなのかを政治や行政、ライフネットや福祉の立場で真剣に考えると、その考え方みたいなものが支持政党と全然違うとかなんて事はいくらでも起こりうるんだろうな。そのくらい今回の問題はいろんなところに根を張って、いろんな事象に顕在化してたりするような気がするのです。

そもそも、子育てというものをどう捉えているのかという事を国はどの位真剣に考えているのだろうか。僕が知らないだけなのかも知れないけれど、子供手当子育て支援、保育園の待機児童やなんやかやの問題も当事者である子育て世代の僕にはどうも分かりにくい。高齢者の投票率が高いからそっちに向くのはいたしかたない事とは言え、なんだかよくわからない。婚活とかをメディアが面白がって報道してるけど、さて、国はどうだ?結婚するしないは個人の志向だけの問題じゃないと思うけど、どうなんだろう。

話を戻すと、風俗嬢だからと取り上げられるけど、実際に20代で子供を2人も育てるというのはほんとうにきついと思う。僕の稼ぎの方がひどいかも知れないけれど、女性1人で1歳と3歳なんて今考えただけで気が遠くなるなあ。もちろん上手にやってる人もたくさんいるんだと思う。子育てというのはスキルによる所が大きいと思うけど、じゃあそのスキルがない人は限られた環境の中で子供を育てたらいかんのだろうか?んー。働きながら、2人育てるなんてかなりキツいはずだ。最終の判断は別にして、同情どころか尊敬に近いようなものを感じます。でも同時に子育てポストって結局全国に必要なんじゃないかとか、そういう状況もサポート出来ない女性解放とか生活保護ってなんなんだろうとか、子育ての「かくあるべき」みたいな上の世代の意見とか、何だか本当にいろんな事を考えます。結論どころかなんだかよくわからなくなって、そういうのは政治家や公務員の人が国のあるべき姿を考えて提示して、それに投票して代議士として話し合ってもらうのが議会制民主主義なんだっけとか、なんだか支離滅裂なんで自分でもよくわからんのです。

なんしか、そういう事を全部加味して考えないといけない。ただのスキャンダラスなニュースじゃなくて今の日本のいろんな問題の縮図なんだと思います。ネグレクトと言われるけど確かに彼女は子供をネグレクトしたかも知れないけれど、僕も今よくわからなくなって考える事や行動に移すことをネグレクトしているし、なんだか全体的にそんな感じなんだよなと思うのです。

とはいえ、古代ローマのように子を下水に捨てる権利がないのが現代であり、その代わり親にならない権利ならあるのが日本だ。しかし親にならない権利を行使している人たちに、子を捨ててしまった人を裁く権利まであるのだろうか?

いろんなブログで取り上げられてていくつか目を通したけれど、何となく引っかかったのがこの言葉です。いや、てめえで勝手に作ったんならてめえで責任取れよと思うのも1つの意見だと思うのだけど、子供を授かってそれを育てること自体が社会から拒絶されたら、終わりだとは思わないけどキツいよなあとは思います。確かに作ることは大きな責任を伴うし、それから逃れられないのは歴然とした事実だけれども。

もちろん我が物顔で電車やお店で振舞ってる人をみると気を付けようと自戒するし、ベビーカー折り畳むとか子供が泣き出したら電車降りるとかそんなようなことは気を付けてみるし「子供なんだから許容してくれよ」とは思わない。でもまあその辺は親によっていろいろだからなんとも言えないなあ。

でもこれだけはハッキリと思うのだけど、日本は日本人だけのものじゃないとか、外国人に大量の子供手当を配ってるとか、朝鮮学校も無料化するとか、そういう事よりも絶対的に、彼女のような立場の人を守って助けて行くことというのは優先順位は高いと思うのです。広義的に、または局面的にうなずける部分があったとしても、日本人の生活を守ることより優先すべき事なんて何もないはずだし、まあそこは国民の生活が第一と謳っていた民主党の言わんとしていたのが何国民なのかと揶揄されていたけど、まあまさにその辺の事だとおもいます。もちろん民主党だけの話でもないんだけれど。

子育てしてる親として、あの人はひどい、と感情的に断罪するのは簡単なんだけど、いや、そうじゃなくて、どこかでボタンを掛け違えていたらあれは僕だったかも知れないとふと思うのです。今僕が子供2人を完全に誰にも頼れず自分だけで育てなきゃいけないとなったら、僕は子供に手を出さずにいられるだろうか。終電で帰ってそれから食事と風呂の用意をして、かすかな眠りに着く。そんなの数ヶ月で僕自身か生活かどちらかが破綻を起こしそうだ。

やっぱり全然考え方がまとまらない。まとまらない、ということにしてとりあえず逃げている。まいったなあ。とりあえず何となく思ったことをつらつらと書き集めてみたのでまとまらないですが、いったんこれで出しておきます。何となくね。