もう、家に帰ろう/ 田辺あゆみ 写真=藤代冥砂

奥様が友人に勧められて、気に入ったので最近購入した写真集。というか、写真集買うのなんて本当に久しぶりだ。学生の時は欲しい写真集ばかりで、でも買うのは勢いある時だけだったけど、まあ勢いだけで買ったという点では今も同じだな。ははは。

全体としては、なんというか、暖かさとか優しさとかそういうのがあふれている感じの写真集です。難しいところでこれは田辺あゆみの本なのか、藤代冥砂の本なのかというところなのだけど、二人の名前が並んではいるけど田辺あゆみが先なので、まあそういうことなんだろう。「Santa Fe / 宮沢りえ 撮影:篠山紀信」みたいな感じだ。うん。

モデルとしての田辺あゆみの写真集としてみて見るととてもカジュアルで親近感のある内容で、写真家藤代冥砂の写真集としてみると、これまた親近感のある感じになってくる。センチメンタル、っていうのかな。荒木経惟の「センチメンタルな旅」ほどセンチメンタルではないのだけど。
どっちにしても、この写真とコンパクトな文章という構成はずるいなあと思う。うまい人が撮るとちゃんと写真だけで多くを語ってくるのだけど、それにプラスしてコメントが乗るとみごとに誘導される感じがするしなあ。それ自身の善し悪しは別としても。

この本は子供のいない夫婦のいい感じの距離感みたいなものがちゃんとうつされていて、それはダカフェの「家族写真日記」とは全然違う雰囲気がやはりあって、まあ、僕が娘や奥様を撮るのはやっぱり後者の方が近い感じになるんだなあ、なんてことを考えたりするわけです。

写真とかカメラとか、最近のわが家はそんなことばかり話題になっておりますが、別にすごい作品を撮るわけでもなく、いつかは写真集を、なんてもくろんでいるわけでもなくて、単純に記録として残しておきたいと思う瞬間が沢山あるからで、それは子供が出来る前の写真も結構量があって、新婚旅行の時の写真とか僕は結構好きなんだけど、それでもやっぱり子供が出来てからは一気に量が増えてるよなあとおもって、結局いつかは忘れてしまうことがあって、それを瞬間を切り取るだけじゃなくて、ちゃんとそのときの気持ちや空気やそういうものをうつして残しておきたいから、ちゃんと写真を撮ろうと思うんだよなあ。

アートとしての写真とか、構図や露出や現像や、いろんなテクニックてのもモチロン大事なんだけど、家族の写真にはそんなものあまり必要ないような気がして、なんというか、うまく言えないのだけど写真を撮るという行為を通じて、僕は距離感みたいなものを理解できるのかなあ、なんて思ったりします。学生の頃はカッコつけた写真を撮ったり、自己表現だとか考えていたけれど、いや、結局はコミュニケーションツールなんじゃないかなあと思います。少なくとも僕にとっては。

本の話か自分の話かわからなくなってきたな。まあ、良いんです。結局は関係性みたいなものです。うん。D60を買ってからすっかりF3を使わなくなってきたけど(完全に奥様が独り占めしている)、また少しフィルムで撮りたいな、なんて思ってきています。写真自体の味みたいのもそうなんだけど、きちんと考えて、ゆっくり向き合って丁寧にシャッターを押す、というのがフィルムの方がより写真的だな、と思ったりします。


でもまあ、ややこしく考える時に限ってまともに撮れたためしがないので、シンプルに思ったままにシャッターをおすのが一番気持ちいいなと思います。手元に常にカメラがあって、いつでも手に取ってシャッターを押せる、というのが僕の理想なのかもしれないです。部屋ごとにカメラが置いてあって、カメラ取ってこよっと、とか思わずに手を伸ばせばそこにカメラがある、みたいな感じ。少なくともこの本の写真は本当にそんな感じに撮られている。実際には全然違うのかもしれないけれど、そういう印象を受けるくらい、すごく日常的なシーンばかりだ。

ん〜、なんかいいなあ。