井上雄彦 最後のマンガ展 重版〈大阪版〉【ネタバレあり】

さて、結婚記念日に奥様とデートで行くところが美術館、というのはまだ良しとして、それがマンガってどうなのよ、というところはつっこまれても華麗にスルーします。だって見たいんだもの。正直、井上雄彦の大ファンで、というのではないけれど、やっぱり世代的にスラムダンクは自分たちにきちんと影を落としているし、バガボンドもきちんを追っかけてみていた方ではないけれど、それでもたまにまとめて読み返したり、ストーリーや展開、絵のすごさみたいのは感心しちゃうくらいには見てきているのです。なんだろう、なんだかんだいってミスチルジュディマリは通ってるよね、の感じでしょうか。

以下、ネタバレ含みます。てか、ネタバレです。見たくない人は見ないでください。他の人がどうかを考えて日記書いてたら、自分自身にとって何の記録にもならんと思うので。
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>>井上雄彦 最後のマンガ展 重版〈大阪版〉




展示会自体にはほとんど前知識をいれずに行って、でもBRUTUSの増刊号が出てたのをちらっと眺めてたので、なるほど、宮本武蔵のマンガが美術館で読めるのだな、というところまで理解して会場に向かった。

エレベーターを降りると、いきなり導入の大きな絵。お、、、お!?始まっている。その時点でびっくり。クロークがあって荷物預けて、位の気持ちでいたらいきなり始まって焦る。そしてそこからは怒濤のようにマンガが繰り広げられる。絵画の展示とも違うし、インスタレーションとも違う。空間を使ってマンガを見せているのだけど、あくまでマンガの域に収まっていて「空間を使ってマンガを読む」というのがなんだかとてもすごかった。


図版を買ってさっき読んだのだけど、その辺の見せ方はやっぱり苦心したと書いてあったけど、いやはや、区切りの入れ方や間の取り方、ぱっと移動した死角に出てくる展開が本当に心地よかった。これね、マンガ好きを公言しちゃう人は見た方がいい。ほんとうに。空間を使ってなにかを表現してる人も見た方が良い。うん。
会場外 2

空間の話で一番感動したのは、やっぱりクライマックスだな。母の愛、がだだ〜んとならんで、ああ、やっぱり母の愛は偉大なんだなあとしみじみと思っていて、展開的にこれがクライマックスかと思ったあと、多分解脱した武蔵を少年の小次郎が迎えにくるシーンがあって、そこはもう魂が消えてしまっているところなんだけど、フロアにマットが敷いてあって歩くと柔らかい。ふっと足の裏に伝わる感触が変って、なにかがそこで変ったことが肉体的に理解できる。すごい。

空間の区切り方、仕切り方が、何をどう見せたいかというのをちゃんと理解した上で効果的にくまれていて、最近仕事でwebのトップページのレイアウトとかファーストビューで何を見せるかとかそういうことばかり考えてるから、視線の誘導とか「見せたいものを見せる」ということについて、ま、モニタ上でできることには限りがあるとはいえ、それでもああいった形で人を誘導できることができるなら、webでもいろいろできるんじゃないのかなあと考えたりしました。簡単にできることでもないけれど。
会場外 1


子供ができて、最近は「お父ちゃんキライ」とか言われちゃうから、やっぱり父親の愛と母親の愛は、基本的に不公平なものだと思ったりもするけど、でもやっぱり実際最後に武蔵が望むものは母の愛で、父に「まだ何か欲しいのか?」と聞かれて、そのフリのあとに母が出てくるから、これはもう父ちゃんは完敗なのです。つまらないことだけど。

メーテルリンクの青い鳥も「この世で一番偉大なのは、母の愛なのよ」というとんでもないところに誘導してたりして、いや、そうなんだ、最後にならんだ母のイメージを見ていたら、それで十分なんだと思うのですよ。父ちゃんはそれを後ろから支えてやれればそれでよいのだな、と。やっぱりね、何かを見ても基本的に自分のことを思いますよ。


他にも、いろいろとジーンと来るシーンは沢山あって、年を取った城太郎が訪ねてきているところや、その後のシーンも、良かった。いや、本当に良かった。図版を買おうかと思ったけど、値段がまあそれなりにすごかったことを別としても、あの会場で読んだ感じや、個々の絵の迫力みたいなものはやっぱり見られないので、それなら時間を取ってもう一度足を運んだ方がよっぽどいいなと思ったりもしました。実際のところはわからないけど。

スタッフTシャツ。要チェックや。

いやはや、ほんとうに楽しかった。


終わってから奥様とハーバービレッジの喫茶で話し合う。映画や、展示や、そういうのを見に行った後はけっこうきっちりと二人で話し合ってしまうのだけど、そういうところで同じものを見て同じものを感じられる関係というのは、本当に大切だなと思います。もちろん二人とも違う人生を歩んできてるので感じることは違うのだけど、それでも近いことを思ったり(現状の境遇が同じなのでだいたい同じになる)お互いの考えてることを共有したりするというのは、本当に大切なことだ。


いや、よかったよ。

【追記】
バガボンド、というタイトルで連載が始まったのが98年。このタイトルに個人的に思い入れがあるのは、98年から99年にかけて大学を休学してヨーロッパを旅したり現地の語学学校に通ったりしてたとき。イタリアで仲良くなった友人に「君の旅は、バガボンドだね」と言われたこと。vagabondoは、「Vague(波)」と「bound(跳ねる)」が合わさってるわけで、放浪者とかみたいな意味だけど、その日本語っぽい響きがかっこいいなあと、何も知らずに勝手に気に入っていて、その頃にちょうどマンガも始まってて「そんなんあるんやなあ」と思いつつ、帰国した時に大学の学内ギャラリーで写真展を開いて、そのタイトルがまさに「vagabondo」だったりしたこと。

マンガにかこつけて、ではなく、それとは別のものだと思っていたけどね。その時のポストカードとかが部屋に残ってたりするので、なんというか、未だに感慨深い、という個人的な話。